「目は口ほどに物を言う」という諺がありますが、目や言葉よりも気持ちを伝える力強さを感じさせたのが「握手」でした。
先日、地元の高齢者のための「いきいきサロン」で朗読を聴いて頂きました。20人ほどの皆様の前で太宰治の「貨幣」を朗読したのですが、私の声に気持ちを傾けてくださる空気に包まれ、一層物語の中に身を置くことができました。
朗読を聴くのは初めてという方もいらしゃいましたので、どのような感想をお持ちになったのか気になりましたが、優しい笑顔で拍手を送って下さりほっと致しました。
その中で最高齢だという女性が、私のもとに歩み寄って来られたのです。
ボランティアスタッフの話によると、年齢を伺っても「20歳よ!」とおっしゃる実にチャーミングな方なのだそうです。
その方が「良かったわ。楽しかった」と言って、両手で私の手を包んで来られました。人生の長さと深みが表れている手からは、温かさと共に、その女性の心がそのまま素直に伝わってきたのです。
この握手に伝える力を感じながら、もう一つの握手を思い出しました。
それは30年程前のこと、握手の相手は美空ひばりさんでした。
芸能生活40周年記念リサイタルとして新宿コマ劇場に出演された際、単独インタビューをする機会を頂けたのです。
私たちTBSテレビのクルーは客席で美空ひばりさんをお待ちしていましたが、リハーサルの合間の客席は緊張感に包まれていました。その場にいらしたのは、劇場スタッフやレコード会社の方、そして美空ひばりさんの事務所の方々だったのでしょう。皆さん何も語らず息を呑む様子で「歌謡界の女王」の登場を待っていました。
すると遠くの方からザワザワとした空気が、波が寄せてくるように感じられ
客席の扉が開きました。その場の緊張感は頂点に達したかのようでした。
美空ひばりさんの身長は、156cmの私よりも低かったのですが、実に華やかな大きなオーラを放っていらっしゃいました。そして私の姿を見つけると軽やかに歩み寄られて優しい微笑みと共に右手を差し出されました。
「私ね、若い方のエネルギーを頂きたいの」
とても不思議でした。この瞬間、緊張感で凍りついていた客席に暖かいそよ風が吹き込んだようになったのです。
美空ひばりさんの握手は、私からのエネルギーを受けるというより、私をはじめその場にいた人たちに心和む優しさを伝えて下さったようでした。
この伝える力を持った握手は、いつまでも私の心に残ることでしょう。

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